「あら、珍しいのね、五右ェ門一人なの?」
日課の素振りも瞑想も終わり、一息つこうと茶を入れたところに、タイミングよく顔を出したのは不二子だった。
ノースリーブのピンクのシャツに、タイトな白のスカート。
髪を揺らした折に、いつもの香水がふわりと薫って五右ェ門に届いた。
「ルパンに用事だったか?今出ておるが」
「いえ、別にそうじゃないの。近くに来たから寄ってみただけよ」
「茶を入れたところだ。おぬしもどうだ?」
「ありがとう、いただくわ」
ソファに座り、その長い足を優雅に組む。そういう姿は実に絵になる。
「日本茶にあうかわからないけど、これも食べましょうよ」
そう言って不二子が差し出したのはアジトの近くにあるケーキ屋の箱。
中を覗けば、ベリーのあしらわれた可愛らしいケーキが入っていた。
以前も一度不二子がもってきてくれたものだ。その時五右ェ門のウケが良かったことを覚えていたらしい。
「おいしそうでしょ」
「うむ、かたじけない」
思わず頬が緩む。ルパンは甘いものは嫌いではないが進んで食べるわけではないし、次元は完全な辛党だ。
そういう意味では、不二子は最も適した五右ェ門の茶飲み友達とも言えた。
五右ェ門は次元ほどに不二子を嫌っているわけではない。
もちろん裏切られれば腹も立つしそれなりの報復をすべきだと思うときもあるが、
なんだかんだ言いながら最終的にルパンの元に戻ってくる不二子を憎めないでいるのは確かだった。
「ルパンたちはどうしたの?」
出された湯飲みを冷ましながら、不二子が問う。
「二人は次の仕事の下調べだ。しばらくは戻らぬらしい」
「あなたは行かなくてよかったの?」
「……む。いろいろあってな」
拙者は留守番なのだ。そう言って茶をすする。
次の仕事のターゲットが決まり、その仕込をすることになったのだが、
和装が目立つと言ってルパンは五右ェ門に変装するようにと言った。
そこまではごくありふれたやりとりだったのだが。
「なぜ拙者がこんな格好をせねばならぬのだ!!」
手渡された衣装を見て、五右ェ門は力いっぱいそれをルパンに投げつけた。
「いや、だってよぉ…」
ルパンが五右ェ門に手渡したのは、なぜかメイド服。
次のターゲットはフランスの田舎町に住むとある富豪の未亡人が持つ宝石のコレクション。
ところがその未亡人、夫の生前の女遊びのせいで男性不信に陥り、それ以来屋敷に出入りするのは全て女性なのだとか。
そういうのをターゲットに選ぶのもルパンらしいというかなんというか。
「ってな訳で、女じゃないと入り込めないんだって。お前ならよく似合うぜ、きっと」
「せ…拙者を愚弄する気か!!おぬしらがやればよかろう!!」
柳眉を吊り上げた五右ェ門が斬鉄剣を抜きかけたのをみて、ルパンが慌てる。
「お、落ち着けよ!次元も俺も別の仕込みがあるんだって!!お前しか頼めないんだよ」
「不二子に頼めばいいではないか!!!」
「ふ〜じこちゃんは今回の仕事に乗り気じゃないんだよねぇ」
情けない顔でルパンは五右ェ門を見る。
「そんな顔をしたところで、拙者は絶対にやらぬ!この仕事、下りさせてもらう!!」
今朝のそんなやり取りの一部始終を話すと、不二子はけらけらと笑った。
「なるほど、そういうことだったのね。気が変わったわ。アタシがその仕事、引き受けるわ」
ルパンの連絡先わかる?そう問う不二子に五右ェ門はなんとなく拍子抜けした格好になる。
「おぬし、乗り気でなかったのではないのか?」
「最初はそうだったんだけど、獲物がその宝石コレクションなら興味があるわ。
…アタシの変わりにあなたが女装させられるってのも可哀想だし。
ルパンたら、詳しいこと何も教えてくれなかったんですもの」
少し拗ねた表情。それが演技なのかどうかは、五右ェ門には見分けられないが。
「…前から聞いてみたかったのだが、よいだろうか」
「何かしら?」
ケーキを口に運びながら不二子が首をかしげた。
「おぬし、ルパンのことを本当はどう思っているのだ?」
五右ェ門からすれば、2人の関係は不思議でしょうがないのだ。
裏切られても裏切られても不二子を愛していると言ってはばからないルパン。
そして、毎回のようにルパンを裏切り、他の男の間を渡り歩きながらも結局はルパンの元に帰ってくる不二子。
どちらも五右ェ門からすれば奇異なものにしか写らないのである。
「そうねぇ…あなたとしてはどんな答えをして欲しい?」
「いや、どんなとは…」
「愛してるとか?そういうこと?」
「いや、それは拙者が決めることではないであろうが」
目を白黒させるのは質問を放られた不二子ではなく、五右ェ門の方。
そんな五右ェ門を不二子は面白そうに眺めている。
本当にこの手の話に関しては初心だからかいがいがあるというものだ。
…最も、ほどほどにしないと斬鉄剣の露にされることは目に見えているのだが。
「じゃあアタシも質問ね。次元は愛してるとかそういうことあなたに言うわけ?」
そんな不二子の問いに、五右ェ門は飲みかけていた茶を盛大に噴き出した。
「なっ…なっ…なななな何を!?」
今度は首筋まで真っ赤になる五右ェ門に、不二子はまた笑う。
感情の起伏が少ないように見える五右ェ門だが、実はそんなことはない。
誰よりも素直でわかりやすい一面を持っているから、特に恋愛方面に直球で投げかけた質問には
聞いたほうが驚くほど素直な反応を見せたりもする。
「そ…そんなことを聞いてどうしようというのだ」
零した茶でびしょびしょになった着物を拭いながら、なんとか平静をとりもどそうとする。
が。
「あら、それはあなたの質問も同じことよ」
さらりと不二子に返されて、五右ェ門はうっと返答につまる。この手の駆け引きでは不二子に敵うわけもない。
「それはそうだが…」
「交換条件よ。教えてくれたら教えてあ・げ・る♪」
にっこり微笑んでウインクしてみせる。
ここまでくると完全に不二子の術中にはまっているのだが、冷静さを欠いた五右ェ門はそこに考えが及んでいない。
しばらく逡巡したあと、ちょっと苦い表情をした。
「約束だぞ」
「ええいいわ。で?次元はそういうこと言うの?あなたそういうこと言われてなんて答えるの?」
興味深そうに身を乗り出す不二子。
いつの間にか質問が増えているが、答えを考えるのにいっぱいいっぱいな五右ェ門はそのことに気づいていない。
「次元は…言う。聞いているこっちがうんざりするくらい、恥ずかしげも無く言ってのけるのだ。
しかも時も場所も選ばぬから性質が悪い」
思案気に眉を顰め、への字に曲がった口。
この侍が、ガンマンの甘い言葉をあまりこころよく思っていないのが伺える。
「そういうこと言われて嬉しくないの?」
「それは……」
そこまで答えて、五右ェ門はフイっと横を向く。
「それは……嬉しくないわけではないが……」
なんとも微妙な表情を見せているところを見ると、痛し痒しといったところだろうか。
「じゃあ素直に喜んであげなさいよ」
次元がかわいそうだわ。シガレットに火を点けながら不二子が言った。
不二子の口から次元を労わる言葉が出るのは少し珍しい。
「かわいそうか?」
「かわいそうよ。あなた、次元にそういうこと言ってあげたことある?」
改めて問われて、考え込む。
言われてみれば、自分のほうから次元にそういった類の言葉をかけたことは数えるほどしかない気がする。
「…ほとんどない…」
「それじゃかわいそうだわ」
むっとした表情で五右ェ門は不二子を見る。
「それはおぬしも同じではないのか。ルパンがかわいそうとは思わぬのか?」
「思わないわ。だってルパンと次元はぜんぜん別だもの」
不二子はあっさりと言ってのける。
「あのね、ルパンは自分で言ってることに満足してるの。
アタシが答えようが何しようが自分の気が済むまで言い続けるの。でも次元は違うわ。
あなたの答えが聞きたいから何度も言うのよ。だから」
ふっとそこで言葉を切り、五右ェ門を見つめた。
「だからあなたもそれに答えてあげないとね。ためしに一度でいいから自分から言ってあげたら?
」
「…珍しいな、おぬしが次元の肩を持つなど」
「さぁね、ただの気まぐれよ」
くすりと笑って、不二子は壁の時計に目をやった。
「あらいけない!もうこんな時間。じゃあね、五右ェ門。お茶ご馳走様、美味しかったわ」
「待て不二子。拙者の質問の答えを聞いておらぬぞ!」
慌しく席を立つ不二子を五右ェ門が引き止める。
しかし。
「あら、そう?でもアタシ、あなたの女装を食い止めてあげるんだし、それでチャラってことにしましょうよ」
「約束が違うぞ!」
「そんなに怒らないでよ。また機会があったら教えてあげるわ。じゃあねぇ〜」
不二子を信用した自分が馬鹿だった。
颯爽と去っていく不二子の背中を見ながら、五右ェ門は大きくため息をついたのだった。
Fin.
【あとがき】
初のゴエ目線ですかね。
茶飲み話といえばやっぱり恋バナでしょうかね?←え
不二子ちゃんにからかわれるゴエが書きたくて(笑)
次元と不二子ちゃんは犬猿の仲だけど、ゴエと不二子ちゃんはわりかし仲良しだと思います。
そして自信家のルパンとヘタレの(←おい)次元では「愛してる〜v」の意味合いも違うんじゃないかな〜と思った結果がこれです。
かなり長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
'10.04.12 秋月 拝