背中に感じるぬくもり

「次元。拙者、食事当番の夕飯の買い出しに行きたいのだが」

 暖かな昼下がり。穏やかな光が差し込むリビングでまどろみかけていた次元の元に、五右ェ門が寄ってきた。

「んー…なんでルパンが居るうちにいわねぇんだよ」

 顔の上に乗せていた帽子をよけられ、明るさに目を瞬かせながら次元は唸った。

「これほどまでに台所に食材が無いとはおもっておらなんだのだ。なんだあれは。米も味噌も醤油もない」

 眉間にしわを寄せ、五右ェ門も唸る。
 次元が不機嫌そうに唸るのにはもちろん理由がある。
 このアジトに1台しかない車をさっきルパンが乗っていってしまったからである。
一昨日の晩に仕事をしたときまでは2台あったのだが、その日、銭形に追い回された挙句に1台お釈迦にしてしまったのである。
 味噌や醤油まで扱うような大きなスーパーまでは片道20キロほど。
いかに健脚の五右ェ門でも、今から行ったのでは着いたところで日が暮れる。
しかも今は。

「足がこうでなければひとりでなんとかするのだがな」

 一昨日の仕事で五右ェ門は足を負傷した。
といっても大したものではなく、捻っただけなのだが、腫れがようやく引いたもののまだ少し痛むらしい。
そんな状態で20キロ歩くなど、無理にも程があるというものだ。

「あー…んじゃ今日の当番代わってやるよ」
「いくら代わってもらおうとも、米も味噌も醤油も無いのでは話にならぬ。買い置きのカップうどんすらないのだ」

 つまり、どちらにせよ買い出しには行かねばならない、ということである。
ここで「そんなもん無くてもいいじゃねぇか!たまには豆を喰え!」と大喧嘩するのは簡単だが、
以前それで口を聞いてもらえなくなったことを思い出し、次元はその言葉を飲み込んだ。
相手は一応怪我人だし、そこでムキになるのは大人気ない。

「ルパンが帰ってくるまで待てねぇのか?」
「あやつ、今日は帰らぬとか申しておったぞ」
「…俺は聞いてねぇぞ」

 それでは話にならない。

「だがほかに車はねぇしなぁ…」

 たかが買い物のために車をかっぱらってくるのは、いくら泥棒を稼業にしていてもさすがに気がひける。

「そういやぁ」

 そういえば、倉庫に古いバイクがあったことを思い出した。

「あれが動きゃぁいいんだけどな」

 いつだったかルパンがどこからかもって来たのだが、ずっと使っていないから動くかどうかわからない。

「まぁ、やってみっか」

 次元は帽子を被りなおすと、五右ェ門を連れて倉庫へと向かったのだった。


*  家の隣に立つ小さな小屋。車庫としても使うがそれ以上に、ルパンが作りかけたガラクタなんかが大量に置いてあったりして、
なかなかに混沌とした様相を呈している。

「やれやれ。ルパンの奴、たまには片付けろよな」

 入り口付近にいたロボットの出来損ないのようなものを蹴っ飛ばし、倉庫の奥に目をやれば、
目的のものは意外にきちんとした状態で置かれていた。

「これか」

 後ろから顔を出した五右ェ門が興味深そうに見回している。
 ハーレーなんてカッコいいシロモノじゃない。
というか大型バイクですらなく、目の前にあるそれはいわゆる原付というやつ。
お世辞にもきれいとは言いがたい車体。埃の被り具合からすれば、少なくとも2〜3ヶ月は動かされていないようだ。

「バッテリー上がってんじゃねぇか?」

 見たところガソリンは入っているようだし、タイヤにも異常はなさそうで。
あと問題があるとすればとりあえずはバッテリーだろう。
探し出したキーをさしこみエンジンを掛けてみる。

プスンブスン。ブロロロロロ

「かかったな」
「かかったでござるな」

 始めこそぐずっていたものの、意外にすんなりとエンジンがかかり、逆に拍子抜けする。
頑丈なバイクだ。
そうすると、また新しい問題が一つ。

「次元、これは2人で乗れるのか」
「あー…そうだなぁ…」

 不可能、ではないはずだ。ベトナムなんかじゃこれに3人も4人も乗ったりするのだし。
 選択肢は2つだ。
次元ががひとりで行くか、五右ェ門と2人乗りで行くか。
2人乗りで行くと帰りに荷物を積むのに面倒なのだが。
 どっちにしろ運転は間違いなく自分だろうが、一応確認してみる。

「お前、バイク乗れるか」
「乗れるわけないだろう」

 あっさりと言われれば、「だよな」としか返しようも無い。

「俺がひとりで行ってこようか?」
「いや…行けるのなら拙者も行きたいが」

 おぬしが一人で行くと、何を買ってくるか分かったものではない。
しれっとそんなことを言われれば、次元は渋面になるしかない。

「…俺はガキのお使い以下か?」
「それにいい加減大人しくしているのにも飽きたのでな」

 おそらくそっちが本音だろう。日々修行に明け暮れる勤勉なサムライには、大人しくしていることが一番耐えられないようだ。

「にしても野郎と原付バイクに2ケツなんてぞっとしねぇな」

 相手が五右ェ門でなければ御免こうむるところだ。
 次元はガラクタの山の中からごそごそと古い布切れを探し出し、バイクの荷台部分に巻き付ける。
これで少しは座り心地もマシだろう。

「乗ってみろよ」
「うむ」

 五右ェ門は普通に荷台を跨いで座る。意外と問題なさそうだ。

「慣れてるな」
「以前、修行先まで送ってもらうのに、不二子に乗せてもらったことがあるのだ」

 そういえばそんな話を聞いたことがある。ハーレーなら乗り心地もさぞいいことだろう。

「んじゃいくぜ」

 同じ様に乗り、エンジンをかけてゆっくりと走り出す。
倉庫を出て公道に出るか出ないかというあたりで、次元の身体に突然五右ェ門の腕が回った。

「!!??」

 驚いた次元は、声にならない声を上げ思わず急ブレーキをかけてしまう。

「何をする。危ないではないか」

 背後では憮然とした様子の五右ェ門だが、次元のほうはそれどころではない。
急に抱きつかれるなんて普段の生活では絶対にありえないことで、バクバクと跳ね上がる心臓をなだめるので必死だ。

「そ…それは俺の台詞だ!びっくりするだろうが!」

 どうにか動揺を悟られないように冷静を装って言い返す。

「仕方ないであろう。安定が悪いのだ」

 確かに小さな原付では掴まるところもないし、この体勢がラクなのは分かる。

「お前、まさか不二子のときもそうしたのか?」
「そ…そんなことあるわけがないであろう!」

 あからさまに狼狽した声色。恐ろしく女性が苦手な五右ェ門だから、いくら相手が不二子でもそれはないとは思うが。

「…分かったから、掴まるんなら最初から掴まっといてくれ」
「うむ」

 ちょっぴり情けない声の次元。しかし五右ェ門のほうはなんとも思っていないらしく、次元の言葉に素直に従った。
もう一度エンジンを掛けなおし、走り出す。

「風が心地よいな」
「そうだな」

 火照った頬に、風が心地いい。今度はもっと大きなバイクで出かけようか。
 背中に五右ェ門の体温を感じながら、次元は小さく頬を緩めたのだった。





fin.

Fin.

【あとがき】
舞台は日本じゃないどこかってことで。
日本で原付に2人乗りすると、間違いなく掴まりますからね!(笑)
ゴエは間違いなくツンデレキャラだと思うんですが、普段があまりにツンなので、
たま〜にデレされると次元的にはどうしていいか分からなくなると思います。
なんだかんだで次元も照れ屋さんだと思うし。
それにしてもバイクに2ケツは夢です!(←バカ)

'10.05.21 秋月 拝

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