それが理由

 五右ェ門は悩んでいた。目の前のテーブルには、レシピどおりに揃えた材料と用具。 だが、先ほどレシピどおりに作ったはずのチョコレートは、なんだかよく分からない物体へと変貌していた。
 と、そのとき。

「はぁい、ルパン〜…って誰もいないの?」

 アジトの入り口から、不二子の声が聞こえてきた。

「あら、五右ェ門、いるんじゃない。何やってるの?」

 勝手知ったるなんとやら、ということでキッチンにやってきた不二子は、そこでやけに難しい顔をしている五右ェ門を見つけた。

「丁度良いところへ。不二子殿、頼みがあるのだが」

 むっすりとした表情で五右ェ門が言うと、不二子は少し怪訝な顔になる。

「な、何?」
「おぬし、"なまちょこ"が作れるか?」

 一瞬、言われた言葉の意味が分からなかったのか、きょとんとした表情を見せた不二子だったが、五右ェ門の対峙するものを見て 合点がいったらしい。

「ああ、生チョコ! バレンタインね!」
「どうも上手くいかぬのだ」
「…ちょっと待って、どうやったら生チョコをそんな風に失敗できるの…」

 五右ェ門の目の前にある謎の物体を見て、不二子は苦笑する。

「次元がいない間にチョコ作り? 甲斐甲斐しいったらないわね」

 からかうように言われ、顔が赤くなるのが分かる。慌ててそっぽを向いたが、バレバレのようで笑われた。 それから少し考えるそぶりを見せた不二子だったが、何を思いついたのか一瞬にっと笑った。

「いいわ、手伝ってあげる」
「本当か、忝い」

 不二子は荷物を置くと、手早く身支度を済ませる。

「っと、じゃあまず型にラップをひいて冷蔵庫で冷やしておいて。それからチョコを刻んでちょうだい」

 言いながら、自分の方は鍋にあけた生クリームを火にかける。 その意外なほどの手際のよさに、五右ェ門は目を見張った。

「…頼んでおいて言うのもなんだが、…おぬし料理をすることがあるのか?」
「失礼ねーアタシだって女の子よ? バレンタインのチョコレートくらい作ったことあるわよ。それに料理だってするわ」

 少し拗ねたように言われ、五右ェ門は慌てる。

「あ、いや、…すまぬ」
「ま、いいわ。自分でもそういうの似合わないって分かってるし」

 それよりあなたよ。そう言って、不二子はくるりと五右ェ門を見やる。その視線があまりに真剣で、五右ェ門は気圧される。

「な、何だ」
「何でチョコレートにしたの? 次元、甘いものは好きじゃないでしょ」

 それは不二子の言うとおりなのだ。バレンタインといえばチョコレート。だが、次元は完全な辛党で、甘いものは苦手ときている。 最初は他のものにしようかとも思っていたし、あえてバレンタインでなくてもとも思っていた。だが。

「ルパンがな…」
「ルパン?」
「次元がチョコを欲しがっていた、と言っていたのだ…」

 どこまでが本当のことかは分からない。 次元が自分でチョコを欲しがるともあまり思えなかったが、本当だとするならば、教えてくれたのをむげにするのもどうかと思うわけで。

「なるほどねぇ…欲しいんなら自分で言えばいいのに…あ、刻んだチョコ入れて」

 暖めた生クリームにチョコを入れる。くるくるとへらで混ぜると、とろりと溶けたチョコレートが甘い香りを広げる。

「ここで生クリームを沸騰させちゃダメなの。あ、ラム酒はチョコが溶けてからね」
「…最初からおぬしに頼めばよかった」
「アタシの助力は高くつくわよ?」

 やがてチョコレートは形をなくし、ラム酒を加えたためにちょっと大人の香りに変わる。

「あとはさっきの型に流して冷やしたら終わりよ。簡単でしょ? 固まったら切ってココアをまぶせばいいの」
「なんだ、それでよいのか」

 あまりに簡単な行程に、拍子抜けしてしまう。さっきまでの失敗は一体なんだったというのか。

「はい、じゃあここからは助力の代償の時間ねー」
「…拙者に出来ることならば」

 これがあるからこそ、最初から頼むのを躊躇っていたというのもある。 不二子の顔に浮かぶ満面の笑みほど恐ろしいものはないと思う。

「そう難しく考えないで頂戴。アタシの質問に答えるだけでいいの」
「質問?」

 なんとなく嫌な予感がする。前にもこんな展開がなかっただろうか?

「あなた、次元みたいな男の何がいいわけ!?」

 そうきたか…。あまりに直接的な質問に、五右ェ門は大きく溜息をついた。

「次元なんて、無愛想で口が悪くてがさつでデリカシーがない拳銃馬鹿じゃない」
「…そこまで言わなくていいだろう?」

 馬が合わないのは知っているが、共に仕事をすることもある仲間に、ひどい言いようではないか。 顔をしかめた五右ェ門に、さすがに言い過ぎたと思ったのか、不二子が小さく肩をすくめる。

「…自分でもよく分からぬ。だが…」

 最初こそ次元に押し切られたとは言え、好きという感情を抱いていることに間違いはない。だが、改めて何故? といわれるとひどく困る。 無愛想で口が悪くてがさつでデリカシーがないと思われていても、それが全てでないと今なら言える。 本当は繊細で優しい。そんな一面があることも、好意を寄せる理由の一端でしかない。

「…共にいると、ひどく…ひどく居心地がよいのだ…」

 どれかひとつに理由があるわけではない。突き詰めれば、たぶんそれが一番の理由なのだろう。

「…聞くんじゃなかったわ、ごちそうさま」

 不二子が苦笑いを見せた、そのとき。

「なんか甘い匂いするなーごえもーん?」
「何やってんだ? あいつ」

 玄関からルパンと次元の声が聞こえてきた。

「わー! 不二子ちゃん来てたの!?」
「ルパーン、折角会いに来たのにいないんですもの〜寂しかったわ〜」

 キッチンを覗くなり、デレデレと相好を崩すルパン。その後ろでは次元が苦い顔をしている。

「ふたりで何してたの? なんかすっげー甘い匂いするんだけっど」
「あら、ルパン、今日が何の日か忘れたの? 女の子が大好きな人にチョコレートを贈る日よ?」
「わ、わ、わ! もしかして不二子ちゃんってば俺様のために?」
「ルパンったら帰ってくるの早いんだもの。秘密にしときたかったのに」

 そんな会話を繰り広げるのを、五右ェ門はぽかんと眺めていた。つくづく分からない女だと思う。

「チョコ、作ってたのか」

 いつの間にか隣に立った次元が五右ェ門に尋ねる。

「やはりこういうことは女子(おなご)の方が上手いものだな」

 ひとりでは作れなんだ。そう言って苦笑した五右ェ門に、次元も笑った。

「サンキュな」
「ん」

 不器用な自分を理解してくれる存在だから。こんな自分を求めてくれるから。 言葉にしてしまえばどれも薄っぺらく、嘘くさい。
 理屈も理由もなく、ただそこに在ることが全て。

Fin.

【あとがき】
なんだかバレンタインが関係あるようなないような話になってしまいました…すみません;;
素直でないゴエちゃんに心情を吐露させるには、不二子ちゃんがちょうどいいのです…
少しでも楽しんでいただけたならよいのですが(>_<)

'11/02/14 秋月 拝

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