月宴

 見上げれば中天には煌々と光る満月。紺青(こんじょう)の空には薄く雲がたなびいているが、それすらも満月を演出する一部のように映り込む。耳を傾ければ縁側近い草むらからは虫の声が聞こえてきた。
 秋風の通る縁側には俺と五右ェ門。その間には一合徳利が数本とぐい呑みが二つ。それから五右ェ門が手ずから用意した肴が数種。胡瓜の浅漬け、鰯を青じそ巻きにして梅干で味付けたもの、山芋のたたき。どれもこれも純和風。だけど五右ェ門が持ってきた、取って置きだという辛口の日本酒には良く合う。酒は洋酒に限るってくらいの洋酒党。それもスコッチ一筋の俺だけど、たまにはこんなのもいい。
 端から見れば懐古主義にも程があると言われそうな様子だけれど、俺としては懐かしさよりもむしろ新鮮さに満ち溢れている。悪いが記憶にある限りこんな生活を営んだことはないのだ。だけど、こいつはいつもこんな鄙(ひな)びたところでこんな絶滅危惧種みたいな景色を見てるのかと思ったら、それが何よりも興味深い。

「どうだ? 次元」

 不意に問われて、視線を傍らに座る男に向ければ。珍しく酒のペースの速い五右ェ門は、月明かりの下にもそれと分かるくらいにほんのりと頬を赤く染めてこちらを見ていた。

「どうって? 何がだ?」
「来て良かったか?」
「良かったも何も…」

 確かにたまにはこんな場所も悪くない。けれど。

「…俺の意思関係なく無理矢理引っ張ってこられたんじゃねぇか」

 苦笑交じりでそう返せば、五右ェ門はそ知らぬ顔で「そうだったか?」なんて言う。


 つい昨日の晩のことだ。
 大きな仕事をひとつ終わらせた俺たちは、打ち上げと称して酒を酌み交わしていた。いつもなら仕事が終わった足でそのままふらりと居なくなることも多い五右ェ門が、珍しく俺たちと一緒に酒の席に居たそこでの出来事である。

「いやー今回の仕事も面白かったな! 見たか? とっつぁんのあの悔しそうな顔!」

 計画が完璧に上手く行ったのもあってルパンは超がつくほどのハイテンション。俺はそれに適当に相槌を打ちながらそこそこいい気分でちびちびやっていて、五右ェ門はと言うと何を考えているんだか酷く真顔で淡々と酒を呑んでいた。

「…五右ェ門ちゃんどうかしたの? んな怖い顔して」

 仕事が上手くいって上機嫌だというのに、それとは対照的にまるでお通夜かとでも言うような五右ェ門の神妙な様子には、ルパンも辟易したらしい。不機嫌そうにむうっとへの字口になって唸る。

「ルパン…近々次の仕事の予定はあるのか?」

 だが、難しい顔の五右ェ門は逆にそんなことを問うてくる。

「別に何にも考えてないけっども? 今回のが上手く行ってるからお前らの取り分だって充分だろう?」

 何か問題があるのか? と怪訝な顔で問うたルパンに。

「ならば拙者おぬしに一つ頼みがあるのだが」

 ぐい呑みを乱暴にテーブルの上に置いたかと思うと突然畏まってソファの上に座りなおし、五右ェ門はキッとルパンを見据えた。

「な、なんだよ」

 これにはルパンの方も少し気圧されているし、傍で成り行きを見守っていた俺も固唾を飲む。

「実は…」

 真剣な目でぐいっとルパンを睨みつけ、大きく深呼吸をし、そして…。




「次元をしばらく借りたい」




「…俺の意思ははっきり言って無視だろうが」
「だが来て良かっただろう?」
「…まぁな」

 五右ェ門のとんでもない一言に俺は完全にフリーズ、ルパンも飲みかけていたワインを盛大に噴出した挙句に目を白黒させる始末だったのではあるが。呆気に取られている俺をよそに、ルパンの許可を得た五右ェ門は鬼の首を取ったように喜び、反論も抵抗もできずにいる俺を引き連れてこの庵へと来た。そしてまたも俺が何も口出し手出しできずにいるうちに、あっという間に酒から肴から全部用意をしてこの月見と相成ったのである。
 はっきり言って、五右ェ門がそんな風に仕事以外で俺の行動に干渉してくることはとても珍しい。いや、珍しいどころか、もしかしたら初めてのことかもしれない。それは俺と五右ェ門が仕事仲間以上の関係を持つようになっても。不器用な侍は決して自分からは行動を起こさない。そう、半ば信じていたのに。

「お前こそ…どういう心境の変化だよ」

 だが五右ェ門はその問いには答えず、つっと視線を上げて月を仰いだ。白い光に照らし出された横顔は、   本人は嫌がるだろうが   はっとするほどに美しいと思った。

「…月が綺麗だな…次元」

 月を見上げたまま、五右ェ門がそんなことを呟いた。その横顔が少しだけはにかんだ様に見えたのは気のせいだったろうか。その様子に完全に心奪われてしまっている自分に気付き、心の奥で苦笑する。
 俺がその意味を知らないと思っているからこそ、不覚にも口から零れたのだろうが。

(……あーあ、ホント不器用な奴)

 素直でない男の台詞に、自然にほころぶ顔を取り繕うことも出来ない。

「ありがとよ」

 そう答えてやったら五右ェ門は呆気に取られた顔でこちらを見た。俺がわからねぇと思ってわざとそんな言い方しやがって。

「おぬし…」
「俺を甘く見すぎじゃねぇのか? それがどういう意味かくらいちゃんと知ってんだぜ」

 間にあった皿やぐい呑みを脇に寄せてその身体を抱き寄せれば、五右ェ門が真っ赤になるのが月明かりの下にも見て取れた。それが、酒に酔っただけでないのは一目瞭然。

「…これなら…分からぬと思ったのに」

 眉根を寄せて子供のように頬を膨らます五右ェ門の鼻先を抓んで、笑った。本当に不器用にも、程がある。

「今度はちゃんと言えよ?」

 酒の力も、雰囲気の力も借りずに。そう耳元で笑ってやったら、意地悪だと反論された。

「これで我慢しろ」
「やだね。でもまぁ今日のところはお月さんに免じて許してやるよ。ああ、ホント…月が綺麗だな、五右ェ門」
「…そうだな」

 少しは機嫌を直してくれたのか。ふっとほころんだその口元に、俺は唇を寄せた。

 僅かに西に傾いた月が、煌々と俺たちを照らしていた。

Fin.

【あとがき】
修行も兼ねてツイッターでリクを募ったところ、臣継さんから『仕事後、夜にお酒を呑む二人の話をらぶらぶもので!』ということでいただきました。
丁度中秋の名月の時期ですしと思って月見酒にしてみました。
ご希望に添えているかどうか…!素直じゃない侍は大好物です←
臣継さんリクエストありがとうございました!!

'12/09/28 秋月 拝

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