The location of Pain

6

「ルパン、拙者しばらく修行にでるぞ」

 帰って来た自分を迎えに出た五右ェ門に開口一番そんなことを言われ、玄関先でルパンはきょとんとした顔をした。

「別に仕事も終わったし構わねぇけど。やけに急だな。何かあったのか?」
「…何も、ござらん」

 その、なんとなく煮え切らない態度と憔悴した顔色にルパンはピンときた。

「ちょっと待てよ」

 玄関先に五右ェ門を残し、悟られないようにこっそり2階に上がる。そっと次元の部屋を伺うが、人の気配は無かった。 どうやら自分が帰る前に出かけたらしい。そういえばもう一台の車がなかった。
 おまけにリビングを見れば、絨毯には酒の染みが残っているし、ゴミ箱にはぞんざいに突っ込まれたグラスと酒瓶の破片。

「どーやらなんかやってくれたらしいな、あいつ」

 げんなりとした表情でルパンはため息をついた。
あいつがそこまで追い詰められてるとも思わなかった。焚きつけた自分にも少しは責任があるのかもしれないとは思ったが、とりあえずはどうするのがいいか。
五右ェ門には自分が知っていることを話したほうがいいのかどうか。 しかしあの堅物侍のことだ。自分に知られているなど知ったら、切腹でもしかねないし余計話がややこしくなりそうな予感もする。

 そんなことをぐだぐだと考えながら玄関先へ戻り、所在無く突っ立ったままの五右ェ門を伴ってリビングへ戻る。

「コーヒー飲まねぇか?」
「いや、拙者すぐにでも出たいのだが…」
「まぁそう言うなってー。どうせしばらく会えないんだ。最後に一杯ぐらい付き合えよ」
「…む。ではもらおう」
「砂糖とミルクは?」

 長年の付き合いで分かってはいるが、一応聞いてみる。

「いる」

 キッチンでゆっくり時間をかけてコーヒーを煎れ、そのへんにあったマグカップに注ぎ、リビングに戻る。

「ほらよ」
「かたじけない」

 ふわりと漂った芳香に、ほんの少し五右ェ門の表情も和らいだ気がした。
砂糖とミルクを入れてから、両手で抱えるようにしてマグカップを持つ。 寒いわけでもないから、無意識、なのだろう。 その様子が、今の五右ェ門の不安定な心情を表すかのようだと、ルパンは思った。

 向かいに座って様子を伺う。さて、どうやって話を切り出すべきか。

「今度はどこ行くんだ?」
「む。まだ決めてはおらぬが、チベットあたりにでもと思っておるが」
「ふーん。どれくらいいるつもりだ?」
「…迷いが晴れるまで」

 言いながら、小さく嘆息した。

「…今度の迷いはまた深そうだなぁ」

 翳った横顔を見ながら、ルパンは小さく苦笑した。 確かに今まで五右ェ門が陥らなかった部類の悩み、だろうとは思うが。

「おぬしは…迷うことはないか」

 ふと、そんなことを聞いてくる。これも、この男にしては珍しいことだ。

「そうだなぁ〜」

 マグカップを脇に置き、ルパンは煙草に火を点けた。

「そりゃ俺だって悩みはたくさんあるぜ?不二子ちゃんが俺に冷たいな〜とか、最近次元が機嫌悪いな〜とか、お前がまた出て行ったっきり帰ってこなくなるな〜とか、次の仕事手ごわそうだな〜とか、今日の晩飯どうすっかな〜とか」
「…拙者を馬鹿にしておるのか」
「ま、それは冗談だけどよ」

 柳眉を逆立てた五右ェ門を軽くいなし、煙を深々と吸い込む。

「お前は真っ直ぐで真面目だからな。だから余計悩むんだよ」

 俺や次元と違って。
そう告げてから、ああそうか、と思い至る。 だから、次元は惚れちまったのかもしれないな、と。自分とは違う精神(こころ)を持ったこの男に。

「…意味が、わからぬ」
「わかんなくていいさ。それでこそお前だ」

 マグカップのコーヒーを飲み干し、ルパンは次の煙草に火をつけた。

「気が済むまで悩んで来いよ。答えなんてのはな、自分で出すしかないんだぜ」
「言われずとも分かっておる」

 同じ様にコーヒーを飲み干し、五右ェ門は席を立った。

「拙者そろそろ…」
「ん。途中まで送っていくぜ?」
「いや、いい」
「そうか。あ、そうだ。これ、持って行けよ」

 そう言ってルパンはケータイを放り投げた。

「何だこれは」
「俺様特製の衛星電話〜」
「いや、だが…」
「どーしてもお前の力借りたいときとか、連絡取れねぇと不便だろ?俺のケータイにしかかからないから安心して持ってていいぜ〜」
「…そうか」

 意味深な言い回しはルパンなりの気を使ったつもりなのだが、果たして五右ェ門が気付いたかどうか。
夜中のうちに荷物を作っていたのだろうか。1度部屋に戻った五右ェ門は、すぐに風呂敷包みを下げて出てくる。

「では、いずれまた。次元にもよろしく伝えてくれ」
「…会っていかなくていいのか」

 次元に。ルパンは思わずその背中に投げかけていた。

「よいのだ」

 小さく振り返り、そう答えた五右ェ門の横顔が寂しげで、ルパンは小さく嘆息した。
そんな顔をするくらいなら、どうして出て行く?喉元まで出かかった言葉を飲み込む。 どれだけ付き合いが長かろうと、どれだけ仲間として気心を知っていようと、所詮自分は第三者でしかない。 どれほど歯がゆかろうと、見ているしかないのだ。選んだのは、次元と五右ェ門。

「そっか。たまには連絡してこいよ」

 ひらひらと手を振り、白い着物の後姿が見えなくなるまでルパンは見送っていた。
失恋で傷心の相棒が帰ってきたら、どんな風に声をかけてやろうかなどと考えながら。

Fin.

【あとがき】
今回の目的はすれ違う2人だったのですが、少しでもそういう感じが出ていればいいのですが…。 お互いのことをこんなにも思いやってるのに、思いやりすぎてすれ違いというか。
次元も強引にいくかと思いきや、ヘタレだったしf(^_^;)
そしてとにかくルパンが苦労してました。 次元はとにかく素直じゃないし、ゴエは恋愛経験値が低すぎるので、ルパンが間に立たないといろいろかみ合いません。
え?ここで終わり?って感じですが、すぐ次続きます。次こそちゃんとくっつきます。
もうしばしお待ちください。
長くなりましたが、グダグダ展開に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

'10/07/02 秋月 拝

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