きっかけがなんだったかなど今となってはどうでもいいし、今となってみればどうでもいいことだったんだと思う。
だけどその時は、俺も男もお互いに心底腹を立てていて、もう力に訴えるしか手段がないと思い込んでいた。
言葉だけではもうどうしようもない。解決の方法などどこにもない、と。
そしてそれは一瞬の出来事だった。
「次元!」
対峙する男に名を呼ばれて僅かに気を削がれたその刹那。疾風の如く地を駆けた男に間合いを詰められる。
しまったと思うときには既に遅く。
首筋にあるひやりとした感触は、時に戦車が纏った鋼鉄の外装をも斬り裂くことの出来る無双の刃。むろん、人の首を切り落とすことなどそれより遥かに容易い。凛と冴え渡る殺気を隠そうともせずに、凍えるような瞳が俺を見据えていた。
「覚悟は、よいか」
澄んだ声が耳に届く。覚悟、だと? その言葉に思わず鼻で笑えば、男の纏う気配が一層険悪なものになる。
「何がおかしい」
「その言葉、そっくり返すぜ」
険のある男の言葉とは対照的に、自分でも驚くほどに冷静な声が出た。途端、首筋にぴりりとした痛みが走る。それが鋭利な刃が皮膚を切り裂くことでもたらされたのだと、見なくても分かる。
「…どういう意味だ」
男の黒い眼がほんの一瞬、泳いだ。困惑しているのだ。俺の言葉に。
「お前こそ…覚悟はあるのか?」
「死ぬ覚悟なら、もとより刀を握ったときから出来ている」
淡々と感情を見せることもなく告げる姿は、まさに人斬りの名が相応しい。だが。
「違う」
刀を握る男の手を握り、ぐっと身を寄せた。首筋に当たる刃が皮膚から肉に食い込んでいくのが分かる。血の匂い。刃を伝って流れた赤い血が白い床を汚すのが視界の端に見えた。
「自分が死ぬ覚悟じゃねぇよ」
「…死ぬ覚悟でないというなら、何の覚悟だというのだ」
「俺を、殺す覚悟だ」
告げた言葉に、正面で男が息を呑むのが分かった。予想もしていなかった問いだったのだろう。
「ならば…お主はあるというのか? 拙者に…殺される覚悟が…?」
微かに震える声。
「愚問、だな」
揺らぐ男の目を覗き込み、笑ってやった。
その鋭利な刃で命を奪われる瞬間を夢想する俺はどこかイカレてるんだろう。その瞬間を考えるだけで心が震えるのだ。
俺の皮膚を裂き肉を断つその瞬間、お前は一体どんな顔をするんだろうな? 最期の記憶にその顔を刻み込んで俺は死ぬのだ。お前はその手に、俺の死の感触を永遠に刻み付けて生きればいい。
「俺は、お前にしか殺されるつもりはねぇよ」
ニッと笑えば、五右ェ門もまた、すうっと唇を上げた。
「それは奇遇だな」
刀を握らぬ方の手で、マグナムを握ったままだらりと下がっていた俺の手を取り、そしてその銃口を己のこめかみに押し当てた。ごりっと鈍い音をたてて男のこめかみを抉る。
「死ぬ覚悟ならばいつでもできている。だが拙者も、おぬしより他の人間に殺されるつもりなど、毛頭ない」
その微笑みは、まさに"嫣然"という呼び方が相応しい程に甘美で、俺の魂を揺さぶる。俺はまた引き込まれてしまう。今ここで引き金にかけた指にほんの少し力を入れたらどうなるだろう。そんなことをまるで他人事のように思う。
目の前の男に斬られたいというのと同じくらいに、目の前の男に弾丸を撃ち込みたいというのもまた、イカレた俺のどうしようもない欲求。それは死神の性なのか。それとも。
きっと俺たちは同じ衝動を持っているのだ。そうでなければ、こんなにも惹かれあうはずもない。
死がいつか必ず来るもであるならば、それは愛するものの手によって齎されたいと思う俺たちは歪んでいるだなんて、誰が決めれるだろう?
「ふ…ふふふ」
「はははは…」
黒い眼を覗き込んでいるうち、どちらからともなく笑い始めていた。
互いに押し付けていた武器を引き、肩を組んで大声で笑い出す。
「ふふふ…あははははは!」
「あーっはっはっはっはっは!」
もうなんで喧嘩をしていたのかも忘れてしまった。俺は、俺たちは二人して喉が枯れるまで笑い続けていた。
*
「お前らまた喧嘩したの? 首だのこめかみだの…変なとこに包帯とか絆創膏とかしちゃってさぁ…」
「別に? お互いの覚悟を再確認しただけさ。なぁ? 五右ェ門」
「うむ」
(変な奴ら…)
Fin.
【あとがき】
リハビリがてらの久々の次五がこんな殺伐&マニアックですみません…orz
最初はこれを次五祭りに出そうとしてたんだから恐ろしいwww
お目汚し失礼しました!また甘いのも書きたいなぁ
'12/09/15 秋月 拝