次元が風邪を引いた。
季節の変わり目、急に冷え込んだ空気にやられたらしい。
「全く。風呂上りに下着1枚で歩き回っておるからだ」
呆れたようにそう告げると、いつもなら反論の一つや二つもする次元だが、不貞腐れたようにこちらを睨んだだけだった。
「熱は下がったようだが、もうしばらく大人しくしておれ。後で粥でも持って参ろう」
枕元に薬と水差しを置き、部屋を出ようとした五右ェ門の袖を次元が引いた。
「何だ?」
"煙草くれ"
目の前に差し出されたメモ帳に、そんな走り書きがされている。
今回の風邪は喉に来たらしい。寝込んだその日から声が出なくなっていたのだ。
読唇術に長けたルパンなら、筆談などしなくてもいいのだが、五右ェ門にその技はない。
面倒でも、いちいち要望を書き連ねねば会話にならないのだった。
「おぬしは何を考えているのだ?」
心底呆れたといった表情で、五右ェ門は次元を睨む。
「その状態でよくも煙草が吸いたいなど言えるな」
枯れた喉に煙草の煙など禁物だ。ぴしゃりとそう言われ、次元はますますむくれる。
"もう丸1日吸ってねぇ"
「だからどうした。せめてちゃんと声が出るようになってからにしろ」
ついでにこれを機会に禁煙したらどうだ? そんなことまで言われて、次元は完全にへそを曲げた。メモ帳を放り投げると、ベッドに潜り込んでしまった。
「長引くのは嫌であろう? 大人しくしておればすぐ良くなる。少しは我慢しろ」
*
五右ェ門が風邪を引いた。
どうやら、次元の看病をしている間にうつったらしい。
"おぬしのせいだぞ"
「悪かったって。だからこうして看病してやってるだろう?」
渋面でメモ帳を掲げる五右ェ門に、次元が苦笑した。熱も大した事はなかったのだが、数日前の次元と同じ様に声が出ない。
さすがに自分のせいだと思った次元は、ホットレモンが飲みたいという五右ェ門の要望に答えて、
わざわざ街まで買い出しに行くなど、かなり献身的に看病している。言い換えれば、ただ単に甘やかしているだけでもあるのだが。
ルパンがいればその甘やかしっぷりに苦言の1つも入れるところだが、生憎野暮用とやらで留守にしている。
「にしてもあれだな」
"何だ"
「声が聞けないってのはなかなか寂しいもんだな。お前が俺に煙草を吸わせなかったわけが分かったぜ」
"何を申す"
あからさまに狼狽を示す五右ェ門。隠し事の下手な侍の顔が赤いのは、熱のせいだけではないらしい。
「早く治せよ、そんで可愛い声を聞かせてくれよ」
"馬鹿者、とっとと出て行け!!"
メモ帳を投げつけられ、次元は慌てて部屋を飛び出した。
その後風邪が治ったにも関わらず、五右ェ門がしばらく次元とは口をきかなかったのは、また別のお話。
Fin.
【あとがき】
声をお題に。
次元の渋い声で愛を囁かれることに慣れたら、それがないと物足りないと思います(真顔)