silent voice

 次元が風邪を引いた。
季節の変わり目、急に冷え込んだ空気にやられたらしい。

「全く。風呂上りに下着1枚で歩き回っておるからだ」

 呆れたようにそう告げると、いつもなら反論の一つや二つもする次元だが、不貞腐れたようにこちらを睨んだだけだった。

「熱は下がったようだが、もうしばらく大人しくしておれ。後で粥でも持って参ろう」

 枕元に薬と水差しを置き、部屋を出ようとした五右ェ門の袖を次元が引いた。

「何だ?」

"煙草くれ"

 目の前に差し出されたメモ帳に、そんな走り書きがされている。
 今回の風邪は喉に来たらしい。寝込んだその日から声が出なくなっていたのだ。 読唇術に長けたルパンなら、筆談などしなくてもいいのだが、五右ェ門にその技はない。 面倒でも、いちいち要望を書き連ねねば会話にならないのだった。

「おぬしは何を考えているのだ?」

 心底呆れたといった表情で、五右ェ門は次元を睨む。

「その状態でよくも煙草が吸いたいなど言えるな」

 枯れた喉に煙草の煙など禁物だ。ぴしゃりとそう言われ、次元はますますむくれる。

"もう丸1日吸ってねぇ"

「だからどうした。せめてちゃんと声が出るようになってからにしろ」

 ついでにこれを機会に禁煙したらどうだ? そんなことまで言われて、次元は完全にへそを曲げた。メモ帳を放り投げると、ベッドに潜り込んでしまった。

「長引くのは嫌であろう? 大人しくしておればすぐ良くなる。少しは我慢しろ」





 五右ェ門が風邪を引いた。
どうやら、次元の看病をしている間にうつったらしい。

"おぬしのせいだぞ"

「悪かったって。だからこうして看病してやってるだろう?」

 渋面でメモ帳を掲げる五右ェ門に、次元が苦笑した。熱も大した事はなかったのだが、数日前の次元と同じ様に声が出ない。
 さすがに自分のせいだと思った次元は、ホットレモンが飲みたいという五右ェ門の要望に答えて、 わざわざ街まで買い出しに行くなど、かなり献身的に看病している。言い換えれば、ただ単に甘やかしているだけでもあるのだが。 ルパンがいればその甘やかしっぷりに苦言の1つも入れるところだが、生憎野暮用とやらで留守にしている。

「にしてもあれだな」

"何だ"

「声が聞けないってのはなかなか寂しいもんだな。お前が俺に煙草を吸わせなかったわけが分かったぜ」

"何を申す"

 あからさまに狼狽を示す五右ェ門。隠し事の下手な侍の顔が赤いのは、熱のせいだけではないらしい。

「早く治せよ、そんで可愛い声を聞かせてくれよ」

"馬鹿者、とっとと出て行け!!"

 メモ帳を投げつけられ、次元は慌てて部屋を飛び出した。


 その後風邪が治ったにも関わらず、五右ェ門がしばらく次元とは口をきかなかったのは、また別のお話。

Fin.

【あとがき】
声をお題に。
次元の渋い声で愛を囁かれることに慣れたら、それがないと物足りないと思います(真顔)

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