夢と現実の間をたゆたいながら、やがて覚醒へと向かっていく。
ゆるりと薄目を開けてみれば、部屋の中はまだ薄暗い。
おそらくいつもの鍛錬に出るぐらいの時間だろうか。
習慣というのは恐ろしいもので、どんなに遅く床についてもこの時間には必ず一度目が覚める。
最も、昨夜ここに連れ込まれた時点で今朝の鍛錬は諦めている。
大の男が2人並んで寝るには少し小さいベッドの上。隣ぬ眠る男を起こさぬように寝返りを打つと、腰の辺りに鈍い痛みを感じた。
いつものことだ。そう思いながら軽く眉をしかめてそれをやり過ごす。
「ん…」
隣に眠る次元が、身じろぎした。
「次元?」
起こしてしまったかと思って声をかけたが、どうもそうではないらしい。
毛布を引き上げ、五右ェ門の身体に手を回し、そしてまたすやすやと寝息を立て始める。
昼近くなって起きることがほとんどの次元からすれば、この時間はまだ真夜中に近いだろう。
乱れて降りた前髪をそっとかきあげ、その顔をまじまじと見つめる。
起きているときには恥ずかしくてなかなか出来ないが、相手が眠っているとなれば話は別だ。
浅黒い肌。意志の強そうな眉。高い鼻に少し厚い唇。豊かに蓄えられた顎鬚。どれもこれも自分にはないものばかり。
なぜ自分はここにいるのだろう。
少し癖のある髪を弄びながら、ふとそんなことを思った。
ここに。次元大介という男の腕の中に。
囁かれる愛の言葉も、与えられる快楽も、自分には分不相応なものばかりだと思う。どう受け取っていいか分からない。
どう返せばいいのか分からない。
好きだと囁かれても面映いばかりで、気の利いた台詞の1つも返せない。それでもいいと言う。それでこそお前だと。
でも、それでは次元が可愛そうだと不二子に言われたこともある。次元とは犬猿の仲のあの不二子が、だ。
言葉が見つからないのなら、態度で示せばいいと、ルパンに言われたことがある。
『どう示せというのだ?』
藁にもすがる思いで尋ねた五右ェ門に、ルパンは『たまにはお前から誘っておねだりの1つでもしてごらんよ』などと言ってのけたのである。
もちろん、即行で拒否したが。
口下手で愛想の1つも言えず、頑固で我侭。そんな自分のどこがいいのか。時々本気で分からなくなる。
自分はここにいていいのだろうか。居心地がよすぎて我侭を言っているのではないだろうか。
優しいこの男は、それを拒めないでいるのではないだろうか。
「誘ってんのか?」
不意に、次元の髪を梳いていた手をとられた。
黒い瞳が笑いながらこちらを見ている。
「起きていたのか?」
「物憂げなお前もいいもんだな」
くるりと体勢を入れ替え、組み敷かれる。
「まだヤり足りない?」
「拙者を殺す気か?」
腰の鈍い痛みに顔をしかめつつ見上げれば、それが分かったのか黒い眼がほんの少し揺らいだ。
そして、労わるような甘やかなキスが落ちてくる。額に、頬に、唇に。
その甘さに流されそうになる。
「おぬしは」
唇が離れた一瞬に、ようやく言葉をつむぐ余裕を見出す。
「何?」
中断された次元のほうは面白くなかったのか、ちょっと不機嫌そうな顔で応じる。
「拙者の一体何がそんなにいいのだ?」
先ほどまでつらつらと考えていた疑問を口にする。こんな自分の何がいいのか。自分はここにいていいのか。
かなり真剣な問いかけだった。が、何を思ったのか、次元は一瞬きょとんとした顔を見せた後、大笑いを始めたのだった。
「何がおかしい?」
真剣に聞いた自分が馬鹿みたいではないか。そう思って、憮然とした表情を見せるが、次元はくつくつと笑い続ける。
「そういうところだよ」
「何?」
ようやく笑いをおさめた次元は、それでもまだ笑みをたたえたままそんなことを告げた。
「どういう?」
「だから、すっげー真面目な顔して、そういうことを聞くところ」
大きな手が、優しく髪を梳く。さっきまで自分がそうしていたように。
「何を思ってんのかしらねぇけど、俺はお前がここに居てくれればそれで充分なんだよ」
「…おぬしは…」
「あん?」
馬鹿だ、という微かな呟きは、次元には届かなかった。
そんなことを言うから自分が付け上がるのだ。甘えるのだ。
ここにいる理由を、そんないとも簡単な言葉で作り出されては。
「五右ェ門?」
「なんでもない」
暖かい腕の中に潜り込み、ゆっくりと目を閉じた。
その暖かさで、さっきまで感じていたどうでもいい不安だとか悩みだとか、そんなものが氷解していくのを感じる。
「次元?」
「何だ?」
「愛してる」
その言葉に、また笑った気配がした。
「知ってる」
甘く降ってきた言葉を噛み締めながら、もう一度ゆっくりと夢の世界に身をゆだねた。
Fin.
【あとがき】
相変わらずのベタ甘が書きたくなってやりました。いつも相変わらずですみません…
やっぱりゴエ目線が書きにくいのはどうしてでしょう…??
'10/11/09 秋月 拝