CHANGE!!

 いつもと変わらぬ静かな朝。カーテンの向こうには朝日で薄紫に染まりだした空。どんなに遅く眠りについても、必ず一度はこの時間に目覚めるのだから、長年の習慣で培った体内時計というものは恐ろしい。

「んー…」

 布団の中で小さく伸びをしてから、まだ隣に眠る男を起こさないように慎重にベッドから這い出して洗面所へ向かう。ほんの少し身体に違和感。いつもより身体が重い気がするが、昨夜のことを思えば仕方ないかと思って小さく頭を振る。揺れた髪がぱさりと頬を叩いた。

「全く…本当にあやつは無茶ばかりしおる」

 独りごちた声も掠れていつもと違う気がする。今日は落ち着いて身体を休めた方がいいのかもしれないな、とも思うが自分に厳しくしてこその修行だ。
 緩んだ精神に喝を入れるかのように洗面所で頭から水を被って目を覚ます。ずぶ濡れの髪を拭くのにタオルに手を伸ばし、長い髪をかきあげて鏡を覗き込み、そして…。

「………うゎぁあああああああ!!!!????」

 違う叫び声が、アジト中にこだました。




*  *  *



「…冗談だろ…なんだぁこれ」
「お主、誰だ」
「誰だって…お前こそ誰だよ」

 叫び声に目を覚ましてベッドから抜け出してきた男が呆然と自分の前で立ち尽くしている。そう、誰よりも見慣れた自分の顔をした男が。
 鏡を覗き込んでいるわけでもないのに目の前にある自分の顔が信じられない。ぽかんとこちらを見つめてくる顔は十三代目石川五右ェ門。そしてさっき鏡の中で見た己の姿こそが、本当ならば今自分の目の前にいるはずの次元大介の姿。

「つまり、これって…」
「どうやら…拙者たちは入れ替わってしまったらしいな…」

 こんなことが現実として起こるなんて信じたくもないが。
 次元大介の姿をした石川五右ェ門と、石川五右ェ門の姿をした次元。ややこしい。ややこしすぎる。

「なんで、こんなことになったのだ」
「俺が知るかよ」

 自分が喋っているつもりなのに聞こえてくるのは次元の声で、自分の声が向かいから聞こえるのにも違和感だらけ。ややこしすぎて頭がどうにかなってしまいそうだ。
 無意識で擦った顎。指先に髭の感触を感じてうろたえた。

「ああ…そうか」

 だとしたら起きぬけに感じた身体の重さも体調不良からくるものではなく、多分感じた通りなのだろう。体重は自分よりも次元のほうが重い。

「それより…次元。おぬし服ぐらい着たらどうだ」

 目の前の次元は、昨日脱ぎ散らかしたバスタオルを腰に巻いただけという姿。そんな自分の姿に赤面する。

「あ? …そうしてぇのは山々だが着物の着方なんかわからねぇよ」
「…スーツでもいいからとにかくなにか服を着ろ。頼むからそんな恰好でうろうろするな」
「わかったわかった。お前こそいつまでそんなずぶ濡れで居るつもりだ。俺の体を風邪っ引きにするつもりか?」

 タオルで頭をくしゃくしゃにされながら部屋へ連れ戻された。互いにいつもと変わらない会話なのに、目に映る姿が違うだけでなんだかおかしな気分だ。

「…これからどうする」

 ベッドに並んで腰かけて嘆息する。

「というか、何でこんなことになったかわからねぇのに対策の立てようもなにもねぇだろ」

 意外にもあっけらかんとした様子でベッドサイドから煙草の箱を取り上げる次元。だが、五右ェ門はその腕を引いて静止する。

「拙者の姿で煙草を吸うのはよせ」
「マジかよ…」

 不服そうに顔をかめつつも、ちゃんと煙草を元に戻してくれるあたり次元は自分に甘いと思うが。

「なんでこんなことになったと思う?」
「拙者に分かるわけがなかろう。特に変わったことなど何も…」

 大きな仕事の計画が出来上がったからと呼び出されて久しぶりに合流して、ルパンも含めて3人で食事をした。夜になってルパンは不二子と約束があるからと出て行き、後に残された二人は甘い夜を過ごしたのだが目覚めて見ればこの有様だ。

「…考えられるのは、あいつが何か仕込んだかってことだけどな」
「やはりルパンか」

 妙な薬の実験台にでもされたということか。可能性としてはなくはない。尤もこんな実験をしてルパンになんの得があるのかは大いなる謎だが、『単に好奇心で』が理由になってしまう男でもある。なぜを考えるだけ無駄かもしれない。

「奴のせいだとしたら…まぁせいぜい1日我慢すれば元に戻るだろうよ。帰って来たところをとっつかまえればいいだけだ」
「…そうだな」

 犯人がルパンだとすれば、あいつだって自分達が入れ替わっていることにメリットはないのだ。銃の撃てない次元や刀を振るえない五右ェ門とともにわざわざ仕事をする意味は何一つない。だが、もしルパンでないのだとしたら。

「もし…そうじゃなかったら?」

 思わず零した呟きに、次元が驚いた顔を見せた。

「…なんだお前…不安なのか?」
「…当たり前であろうが」

 自分が自分でないということがこんなにも不安になることだとは思わなかった。自分が五右ェ門なら目の前の自分はなんなんだ。むっすりと眉間に皺を寄せていると、次元が酷く困った顔になる。

「出来ることならこう抱きしめでもして慰めてやりてぇとこだけど……さすがに自分の顔が相手じゃやる気もおこらねぇ」
「な…! このっ…大馬鹿者っ!」
「…冗談だって。やっと笑ったな。お前朝からすっげー眉間に皺寄ってたんだぞ」

 言われてようやく気付く。そんなにも不安そうな顔をしていたのだろうか。

「俺ってそんな顔もできたんだな。中身が違うと全然違う奴にも見えるもんだな」
「おぬしもな…」

 穏やかに笑う自分の顔が少し信じられないと思う。外見は自分なのに、確かにその笑顔は次元だとちゃんと分かるのだから不思議だ。

「大丈夫だって」

 わしわしと頭を撫でられて腕を引かれた。

「ちょ…!」

 バランスを崩して、なだれ込むようにしてベッドに転がった。

「あいつが帰って来るまでもう一眠りしようぜ。まだ眠いし…正直ちょっと身体中イテェんだわ」
「馬鹿者。拙者の苦労が分かったか」
「これからはちょっと加減する」
「…是非そうであって欲しいものだな」

 明るくなった窓の外。その光遮るようにカーテンを引いて眠りの国へと仲良く堕ちていった。


*  *  *

「俺様ってやっぱ天才!? 実験大成功〜♪」
「てめぇ俺達で遊びやがって!」
「五右ェ門ちゃんてば言葉遣い悪い〜」
「五月蝿いぞルパン! 早くもとに戻さぬか!」
「次元は次元でなにその古風な喋り方〜」
『ルパン!! いい加減にしろーっ!!』

Fin.

【あとがき】

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