3日ぶりに仕込みから帰ると予想通りルパンの姿はまだなく、ソファに座った五右ェ門がひとり俺を出迎えた。仕込みの方法でルパンと大喧嘩したこいつは、ひとりアジトで留守番をしていたのだ。
「意外と早かったのだな。もう少しかかると思っていたが」
どうやら刀の手入れをしていたらしい。左手には斬鉄剣右手に打ち粉入れを持ち、こちらを見ることもなく声をかけてきた。
3日ぶりのわりにはツレないもんだ。
もっとも、3ヶ月ぶりに修行から帰って来たのに会ってもこんなもだったりするのだから、仕方ないかも知れない。
別に不二子みたいにベタベタくっついて来いとは言わないが、少しくらい甘えてくれてもいいだろうに。
まぁ、このストイックさを含めて石川五右ェ門なのだろうが。
そんなことを考えながらテーブルを挟んで五右ェ門の向かいに座り、ポケットから取り出したペルメルに火を入れる。
「夕飯はどうするのだ」
ようやく手入れの具合に得心がいったらしい五右ェ門は、刀を脇にしまうと俺のほうに向き直った。
「あー食ってきたからいいや。それより酒だな」
「そうであろうとは思ったがな」
そんな会話が続く。
が、いつもと変わらない会話の中で、なんとなく五右ェ門がいつもと違う雰囲気を纏っているような気がした。
俺の気のせいかもしれないが、なんとなく緊張しているというか、よそよそしいというか。
怪訝に思いながらも、俺は部屋の隅にある冷凍庫から氷を出しその脇の棚からウイスキーとグラスを取り出す。
「仕込みはどうだったのだ?」
「おう、順調だぜ。潜入調査のほうも、不二子が途中参加したらしいしな。まぁ俺としちゃあの女が仕事に噛むのは賛成しないんだが」
琥珀色の液体をグラスに注ぐと、芳醇なアルコールの香りが部屋を満たしていく。
「左様か」
自分で聞いてきたのに、五右ェ門は興味があるのかないのかわからないような返事をして目の前の俺のグラスを見つめる。
やっぱりなんかおかしい。
「なんかあったのか?」
この3日の間に。
そう問うと、「不二子が来たぞ」と五右ェ門は答えた。
「不二子が?」
「うむ。3日前の昼間にな。それで拙者とルパンの喧嘩のあらましを伝えたら、自分が替わりになると言い出したのだ」
「なるほど」
それでひとつ納得がいった。
乗り気でないらしいと聞いていたのに、2日前になっていきなり仕事に加えろと言い出したのは、五右ェ門との裏話があったかららしい。
ルパンのほうは大喜びで仕事に加えると言い出したが、不二子のあの様子だとまた裏切られるのは目に見えている。
本当に懲りない男だ。
「拙者も飲んでよいか」
今回の仕事の行く末を想像して嘆息した俺をよそに、五右ェ門がそんなことを訊いてきた。
「ああ、好きにしろよ」
別に断る理由も無い。そういえば2人きりで飲むのも久しぶりだ。
五右ェ門は同じ様に壁際の棚の奥から一升瓶とぐい飲みを引っ張り出し、向かいに座る。
それから数時間、他愛もない話で2人酒を酌み交わしていた。
その晩の五右ェ門は、よく飲みよく喋った。
五右ェ門も酒には強いほうだと思うが、いつもと比べて断然ペースが速い。放っておけば1人で一升瓶をあけそうな勢いだ。
やっぱりいつもと様子が違う。
いつもの五右ェ門ならこんな無節操な飲み方はしない。
そして唐突に、五右ェ門が席を立った。
トイレにでも行くのかと思ったのだが、くるりとテーブルをまわると俺のほうに寄ってくる。
「なんだ?どうした?」
「次元」
つい、と俺の脇に腰を下ろし、五右ェ門は寄り添ってきた。
「な…なんだよ珍しい」
いつにない展開に、俺の心臓が跳ね上がる。
自分から俺のほうに近づいてくるのは珍しい。いつだって仕掛けるのは俺のほうと相場は決まっているのに。
「酔ってんのか?」
酔っておるのかもな、と呟きながら手を伸ばし、俺の頬に手をかける。
「おい五右ェ門?」
「おぬし、拙者が好きか?」
唐突に、そんなことを聞かれる。
「も…もちろんだろ」
滅多にない展開に、一瞬何を訊かれたのかわからなかった。
「そうか。拙者もな、……おぬしが好きだぞ」
そして、それ以上に思いがけなかった返答に、俺の頭は完全にフリーズした。
好きと言ったか?このシャイでプライドの高い俺の恋人が?酒に酔ったとはいえ?
「次元」
ぽやんとした瞳で見上げられ名前を呼ばれ。そして。
唇が、重なってきた。
一瞬触れ合うだけの、啄ばむようなキス。
それでも、ただの一度も五右ェ門のほうからそんなことをされたことがなかったのだから、俺のなけなしの理性がもつはずもない。
頬に当てられた手を掴むと、そのままがばっと五右ェ門をソファに押し倒す。
「…何かあったのか?」
それにしてもこの変わりようはあまりに不自然すぎる。ことに及ぶにしろ理由だけは聞いておきたい。
「不二子にな、たまにはこういうことを言ってやらねばおぬしが可哀想だといわれたのだ」
一体どんな話題からそういうことになったのか分からないが、なんだって俺が不二子に憐れまれなければいけないんだ。
思わずむっとする。
が、しかし、不二子のおかげで五右ェ門がこれだけ素直になったのなら、それはそれで感謝しないといけないのかもしれない。
「だからな、たまには言おうと思ったのだ」
「たまに、じゃなくても全然いいんだぜ?」
「おぬしのように時と場所もわきまえずに言えるか。馬鹿者」
酒のせいか、羞恥のせいか、頬を赤く染めた五右ェ門が言う。
多分この台詞のためにハイペースで酒を飲んでいたのだろう。
「素直じゃねぇなぁ」
だけどそんな奴だから、俺はお前が好きなんだぜ。
心の中でそう呟いて。俺はゆっくりと唇を落としていった。
*
―数日後――――
『不二子〜!!』
「じゃぁね〜この宝石は頂いていくわ」
アジトにはルパンの情けない悲鳴と、俺と五右ェ門の怒声が響いていた。
案の定俺たちを裏切った不二子は、仕事の後、アジトでの祝杯に痺れ薬なんぞを混ぜやがったのである。
「おい不二子、いいかげんにしろよ」
痺れ薬で動けないルパンと五右ェ門を横目に、俺はマグナムを構える。
どうも怪しいと思って酒に口をつけていなかったのだ。
「あら次元。いいの?あたしにそんなもの向けて」
不二子は悠然と微笑み、そして、マグナムに臆することもなくつかつかと俺によって来た。
「な…なんだよ」
「うふふ」
そして、ついと耳元に口を寄せると、とんでもないことを言ってのけた。
「…この間はあたしのおかげで素敵な夜を過ごしたんじゃなくって?」
「なっ…」
あまりの内容に絶句する俺。
いやまさか。まさかここまで読んで五右ェ門にあんなことを言ったというのか…?そんなまさか!!
完全にフリーズした俺の手からマグナムを奪うと、不二子は俺の顔に向かってスプレーをひと吹きさせた。
「催眠ガスよ。おやすみなさい、色男さん♪」
宝石の入った鞄を片手に去っていく不二子の背中を見ながら、俺は夢の世界に引き込まれていった。
くそう、不二子のやつ。今度会ったらただじゃおかねぇからな…。
Fin.
【あとがき】
Tea time talkの後日談ということで、お侍さまの告白です。
書いてから、ゴエが随分乙女になってしまった…とちょっと後悔。
もっと男前でもよかったなぁとは思うんですが、でもこれはこれで可愛いかなとか。いや、そう思うのはワタシだけかもしれんですが…(汗)
もう一つ言えば、拍手で使ってるイラストはこのイメージだったりします。珍しい積極的なゴエでした。
そして不二子ちゃんがやっぱりイジワルだなぁ(汗)
'10.05.13 秋月 拝