サヨナラにさよならを

「あーあ、行っちまったぜ。相変わらずだなぁ」

 バルセロナの青い空の下でも、相変わらずのルパンと銭形を見送って、次元は大きく肩をすくめた。 アニタを駅で見送っていたら、そこへ執念の男銭形が現れ、あとはお決まりの追いかけっこ。 初めのうちは一緒に逃げていたが、途中で戦線離脱と決め込んだ。 銭形はルパンしか眼中にないのだから、もしかしたら自分達がいなくなったことにもまだ気付いていないのではないだろうか。
 そんなことを思いながら、次元は隣を歩く和装の男に声をかける。

「おい、傷は大丈夫か?」
「…問題ない」

 問われた本人はなぜかむっすりとした仏頂面でそう答えた。 銃の傷は、刀傷よりも治りが遅い。 おまけに昨夜も大立ち回りを演じて傷口が開いてしまっているのだから、そう大丈夫だとも思わないのだが。

「本当か? これからどうする? アジトに帰るだろ?」

 暗に、しばらくはゆっくりするだろ? というつもりも込めて投げかけた言葉は、しかし、あっさりと一蹴された。

「いや、修行に参る」

 もうチケットも取った。そう言いながら、バルセロナ発の電車のチケットを見せる五右ェ門。一体いつの間に。 そう思いながらも、次元はちょっと眉を寄せる。

「まだ怪我も治ってないのにか?」
「治っていないからこそだ」

 ぴしゃりと言われ、次元はそこで、不機嫌そうに見えていた五右ェ門が怒っていることに気付いた。 何に? 侍がこういう物言いをするときは、大抵周りの人間にではなく自分に腹を立てているときだ。

「おい、ちょっと待てよ。どうした?」

 ずんずんと駅の方に逆戻りする五右ェ門の肩を掴む。と。 逆にその手を捕えられた。

「…おぬし、これは何だ」

 視線が、次元の手元に落ちる。ぐいと伸ばされたせいで、上がった袖口からは赤黒い擦過傷が覗いていた。 明るい日差しの中で見ると、かなり生々しく、そして痛々しい。

「これは…」

 五右ェ門には、敵に捕まっていたことは話してはいない。 五右ェ門を助けに行ったのに、その先で間抜けにも捕まってしまったなど、口が裂けたって言えるはずもなかった。

「どうしたと聞いておるのだ」

 答えないことは許さない。鋭い目がそう告げる。

「いや、これはトカレフとの立ち回りの最中にぶつけちまって…」
「嘘を申すな。これはどう見ても縄の跡だ」

 苦しい言い訳も、ばっさりと一蹴される。

「……わかってんだったら聞くなよ」

 思わずそうため息と共に零していた。どうせルパンが喋ったのだろう。あれほど釘を刺しておいたというのに。

「なぜっ…」

 ぎゅ、と腕を掴む手に力が込められた。くしゃりと歪んだ顔が、まるで泣く前の子どものようで。 その後に続く言葉は何だ? なぜ黙っていた? なぜ教えてくれなかった?  そんなこと。…そんな顔見たくなかったからに、決まってんだろうが。

「…怒ってるのか?」
「怒っておるのだ。…あんなところで不覚を取った己自身に」

 予想通りの答え。許せないのは、捕まった次元ではなく、その原因を作った自分自身。 ヘリコプターを切り落としたところで油断した自分自身。

「あのなぁ」

 そこが五右ェ門らしいと思う。 次元にしてみれば、川に落ちる五右ェ門の姿に動転していたとはいえ、背後を取られても気付かないなどというのは、次元自身の失態だ。 ルパンも同じことを言うだろう。お前が甘いからだと。 それとこれは全く別の話だというのに。だが、どう説明したところで五右ェ門は納得しないだろう。

「…拙者の力不足ゆえのこと。ならば修行をするのは道理であろう」

 唇を噛み、再び踵を返した五右ェ門。

「待てよ」

 その左手を引き、そのまま人通りのない裏路次へと入り込んだ。

「何をする!?」
「ちょっと落ち着いて俺の話を聞けって」
「拙者は落ち着いておる!!」
「どこがだよ? 今にも泣きそうな顔しやがって」
「ば…馬鹿な!!」

 さっと怒りで朱に染まった顔。次元の手を振り払おうとした左手を押さえ込み、その頬に手をかけると五右ェ門の身体がびくりと震えた。

「落ち着けって」

 勤めて冷静な声で、そう耳元で囁いてやる。 そうすれば五右ェ門が逆らえなくなることは、長い付き合いでわかっている。

「…何故、拙者に教えてくれなかったのだ?」
「教えれるかよ、こんなみっともない話」

 呟くような問いに、苦笑と共にそう答える。すると、五右ェ門はキッと見返してきた。

「みっともないだと? そんなこと、拙者の方がもっとみっともないではないか!」

 また、唇を噛む。悔しいのだろう。そして、不覚を取った自分がなにより許せないのだ。

「ああそうだな。俺もお前もみっともねぇや」

 プロが聞いて呆れらぁ。わざと、辛辣にそう言ってやる。また五右ェ門がぎゅっと唇を噛んだ。

「だから、こうしねぇか」
「何だ?」

 いいことを思いついた。そんな表情を見せた次元に、五右ェ門が怪訝な顔で応じる。

「みっともない同士、怪我が治ったらどこぞの山奥で一緒に修行をするってのはどうだ?」
「それでは…」

 修行にならぬ。
 小さく呟かれた言葉を、しかし次元は聞き逃しはしなかった。

「何でだよ?」
「…おぬしがこういうことをするからだ」

 五右ェ門の顎先を滑らせていた手をパシッと叩かれる。
「いいじゃねえか、少しくらい」

 子どものように口を尖らせる次元。そして、それとは対照的に五右ェ門はその口元をほころばせた。

「…おぬしを見ていたら、なんだか馬鹿らしくなってきた」
「それはどういう意味だ?」

 ますます口元を歪めた次元だが、その目は笑っている。

「じゃ、とりあえずアジトに帰ろうぜ?」

 な? と、五右ェ門の了承も聞かないままにその袂からチケットを抜き出し、次元は歩き出す。

「…まったく、おぬしという男は」

 その背を追う五右ェ門の呟きは、次元に届いただろうか。
 バルセロナの青い空に、次元の破り捨てたチケットが風に乗って流れていった。

Fin.

【あとがき】
7500hitを踏んでいただきました黒猫さまよりの『お宝返却〜の後日談』というリクで書かせて頂きました。
実のところ、ゴエちゃんは次元にうまいこと丸め込まれただけなのですが。 ルパンさんと付き合いが長いので、次元さんもなかなかに口だけは達者なのではないかと思います。特にゴエちゃん相手だと。
リクエスト下さいました黒猫さま、大変お待たせしてしまいまして申し訳ありませんでした;;
ご期待に添ったものになったかどうか…少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
7500hit&リクエストありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願い致します!

'10/12/29 秋月 拝

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