「…てわけで、次元、よろしく頼むぜ」
ルパンが机の上に広げた見取り図をトントンと指差しながら言った。
アジトでの、ごく見慣れた光景。
真ん中のテーブルに乱雑に広げられた資料の数々と、それを囲む3人の男たち。
3ヶ月ぶりの仕事は、派手好きな計画者のせいもあり、かなり大掛かりなものになりそうだった。
「警備が1番キツイ経路なんだっけども、この方法だと、どうしてもお前の射撃の腕が必要なんだわ」
「…全く。何でお前の作戦はいつもいつもそう面倒なんだ。派手好きのお前に付き合ってたんじゃいくら命があっても足りねぇっての」
やれやれと肩をすくめ、次元はぼやく。
「今回は俺のせいじゃねぇからな。文句なら、厳重な警備を敷いてるマフィアの親玉に言ってくれよ」
さも心外だ、といった表情でルパン。
これから大きな仕事をひとつしようかというのに、そんな緊張感など欠片もないような会話だ。
「ま、しょうがねえだろ。その代わりお前もしくじるんじゃねぇぞ」
難色を示していた次元だったが、結局ルパンの作戦に乗ることにしたらしい。
やれやれとぼやきながらも、了承を告げ、取り出した煙草に火をつけた。
「もちろーん! じゃ決まりだな。作戦会議終了ってことで…」
「…待てルパン」
と、ルパンが話を収めようとしたその時。それまで話を静観していた五右ェ門が、突然口を開いた。
「何? どったの五右ェ門」
「拙者、今回の作戦承服しかねる」
眉間に深いしわを寄せ、重々しい口調でそんなことを言う。
それまで一言も喋らなかった男の突然の異議に、ルパンどころか次元も、鳩が豆鉄砲食らったような顔を見せる。
「何が問題だ?」
五右ェ門は、ルパンと次元の退路確保の後方支援にまわる手はずになっている。
今までに割と多い役どころだし、さして異議を唱えられるほどの問題点も見当たらないはず。
そう思って、首をかしげるルパン。
「次元の負担が大きすぎる。あまりに危険ではないか。せめておぬしか拙者か、どちらかがサポートにつくべきではないのか?」
眉間にしわをよせ唸るように唱えられた異議は、自分自身のものではなく、隣に座る髭の男のためのものだった。
煙草を咥えたまま呆気にとられた表情を見せる次元。そして、渋い表情の五右ェ門。
対照的な2人の顔を目の前に、ルパンは思わず緩みかける口元を必死で押さえる。
ご立腹モードの五右ェ門にそんな顔を見せれば、あっという間に斬鉄剣の錆にされるのは目に見えている。
「言ったでしょ? 俺はお宝奪取に、お前は退路確保に動かないとダメなんだってば。次元なら大丈夫だってば」
心底そう思っているからこそ、ルパンはあっけらかんと言ったものだが、どうやらその様子が五右ェ門の神経を逆撫でしたらしい。
柳眉を吊り上げ、じろりとルパンを睨んでくる。
五右ェ門からすれば、得心がいかないのだ。
わざわざ面倒な作戦を立てた上、一番の窮地に相棒を送り込むルパンの精神が。それだけ相棒を信頼しているといえば、聞こえはいい。
だが、へらへらと笑いながらそんなことを言われたのでは、ルパンの神経を疑いたくもなる。
「おぬし、相棒が心配ではないのか?!」
「次元なら大丈夫だって。んなことお前だってよく知ってるだろ?」
「だが…!!」
今にもルパンに斬りかからんばかりの勢いで詰め寄る五右ェ門だったが、それを次元が押しとどめた。
「いいって、五右ェ門」
「次元!?」
「俺がいいって言ってんだから」
「しかし…」
尚、納得のいかない顔をしていた五右ェ門だったが、本人にそういわれては黙るしかない。
(やれやれ、五右ェ門の場合無自覚だから始末におえねぇよな)
不機嫌な顔でむっつりと黙り込む五右ェ門と、その隣で困惑気な表情を見せる相棒。
(頼むから惚気なら俺のいないところでやってくれっての)
そんなことを考え、ルパンは小さくため息をついた。
* * * * * *
「珍しいな、お前があんなにムキになるの」
なんとなく気まずい雰囲気の中で作戦会議を終え、ルパンが先に部屋に戻ってから、次元が口を開いた。
まだ憮然とした表情でいる五右ェ門の目の前に座りなおし、その顔を覗き込む。
「何、心配してくれてんのか? それとも俺の腕を信用してない?」
次元は新しい煙草に火をつけ、そんなことを口にする。
「…そうではない」
もちろん、次元の腕は信用している。ルパンの言うとおり、危険とはいえこれくらいの仕事なら、1人でこなせるだろう。
だから、そういう意味では心配しているわけでもない。
それに、この仕事が次元でなければ出来ない仕事だということも、ちゃんと分かっている。
それなのにどうもやりきれない思いが溢れてくる。もやもやと。
「じゃあどうした?」
優しく問いかけられて、五右ェ門は一層難しい顔になる。
「…なんというか、おぬしが…」
「あ?」
だが、まとまりきらないまま、口に出すことは憚られた。
「いや、なんでもない」
「気になるだろうが。言えよ」
苦笑交じりに促されて、五右ェ門はしぶしぶ口を開いた。
「なんというか…なんだかんだと言いながらも、おぬしがルパンの言うことならきいてしまうのが…」
への字口のむくれ顔のまま、ぼそぼそとそんなことを告げる。
そんな様子をきょとんと見ていた次元だったが、それで五右ェ門の不機嫌の理由を悟ったらしい。
そして、突然腹を抱えて大笑いし始めた。
「な、何がおかしい!?」
笑われた五右ェ門のほうは不愉快だ。眉を吊り上げて鯉口を切りかける。
「いや、悪い悪い」
次元のほうは、なんとか笑いをおさめたものの、まだ苦しそうにくっくっと肩を震わせている。
「…お前、ルパンに嫉妬してんだな」
「し…何を!?」
次元にそんなことを言われ、刀に手をかけたまま五右ェ門は目を白黒させた。
あからさまな動揺を見せるところを見ると、全くの無自覚だったらしい。
「そ。俺がルパンに言いなりなのが気に入らないんだろ? 世間じゃそういうのを嫉妬って言うんだぜ」
笑いを含んだ声でそんなことを言われ、五右ェ門は呆然とするしかない。
認めることも出来ず、かといって、それが違うと否定できるほど経験豊かなわけでもない。
「…嫉妬など…」
だが、言われて見れば思い当たる節がないわけではない。
言葉がなくても分かり合える。
多くの死地を掻い潜ってきたからこその信頼感で結ばれたルパンと次元を見ていると、時にひどく疎外感を感じることがある。
この2人にとって、いや、次元にとって、自分はなくてもいい存在なのではないかと。
「寂しかったんだよな?」
お前は。
真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳に、まるで胸の奥を見透かされたようで決まりが悪い。
「寂しくなど――」
そう開きかけた口を、次元の唇が塞いだ。いつもと同じ、ペルメルの香りのする厚い唇。
暖かい腕に包まれれば、先ほどまで感じていた胸の奥のもやもやもいなくなる。
(相変わらず…修行が足りぬな)
もとより不機嫌の理由など、自分でも分かっていたのだ。ただ、それを認めたくなかっただけなのだろう。
「…すまぬ」
すっかり大人しくなった五右ェ門が、小さく呟いた。
よりにもよって、ルパンを相手に悋気を起こすなど、なんと狭量なことか。
「なに、いいってことよ」
その身体を抱きしめたまま次元は答える。
「あいつは俺の相棒だけどな、お前は俺の恋人なんだぜ?」
わかるか? そう目で問われ、五右ェ門はふっと口元を緩めた。
この言葉が。その心地よさが。この男の傍にいたいと思う理由なのだろう。
「…この続きは仕事から帰ったら。な?」
仕事を終えてアジトに帰って来た次元を迎えたのが、墨跡黒々と『修行をしなおしてくる』とだけ書かれた紙切れだったことは、また別の話。
Fin.
【あとがき】
5000hitを踏んでいただきました、みずはた様からのリクエストで書かせていただきました。
リク内容は『結局ルパンの言うとおりにしてしまう次元に、わかっているけどなんか納得できないゴエ』でした。
リクを頂いた瞬間に、ルパンに嫉妬するゴエが浮かんでしまい、若干リク内容からずれてしまったかな…と思いつつ、
このような出来になってしまいました。
みずはた様、大変にお待たせした上このような出来ですみません。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
5000hit&リクありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いします!
'10/10/25 秋月 拝