カンシャノキモチ

 部屋の外では殺人的な日差しが降り注いでいるが、クーラーの程よくきいたアジトの室内は過ごしやすい。 午前中は修行に精を出していた五右ェ門も、さすがに疲れたのか、茶などを煎れて一息ついていた。
 心地よい空間で惰眠を貪っていた次元だったが、ふと、傍らで茶を啜る侍に顔を向けた。

「なぁ、五右ェ門」
「何だ? おぬしも飲むか?」

 急須を持って腰を浮かしかけた五右ェ門を、次元はとどめる。

「いや、別に茶はいいんだけどよ」
「では何だ?」
「頼みがあるんだけどよ」

 のほほんとした口調から察するに、その頼みが大した事でないのだろうとは思うが、改まって言われるとつい気構えてしまう。

「何だ。改まって。拙者にできることならば力になろう」
「…膝枕してくれよ」
「なっ…!!」

 その台詞に、五右ェ門は危うく飲みかけていた茶をふきだすところだった。 なんとか堪えて次元を睨めば、爆弾発言をした本人はいたって真顔で、どうやら冗談ではないらしい。

「なっ…なっ…何を申すか!!」

 が、真っ赤になって狼狽する五右ェ門に、次元はちょっと眉を下げた。

「そんなにうろたえなくてもいいだろ」
「うろたえるなと言うほうが無理ではないのか。藪から棒になんのつもりだ」

 あからさまに眉間にしわを寄せて唸る五右ェ門。

「何のつもりだって言われてもな。だってこの前約束したじゃねぇか」
「約束?」
「忘れたのか? 何でもするんだろ」
「む…」

 次元に言われ、五右ェ門はむっすりと口をつぐんだ。確かに自分はそう約束をしたが。
 それはつい先日のことだ。 盗みに入った先で五右ェ門のちょっとしたミスにより、脱出の際にひどく苦労するハメになってしまった。 それを律儀な侍はひどく気に病み、お詫びに何でもする宣言をしたのである。
 もっとも、五右ェ門のミスの原因をたどっていけば、そこにセンサーがあるということを伝えていなかったルパンのミスが根源なのだ。 仕事も成功したのだし、侍がそこまで気に病む必要などどこにもないのだが、堅物侍はその意思を曲げようとはしない。

「…ルパンにしろ、おぬしにしろ、そんなことでよいのか?」

 五右ェ門は呆れたようにため息をつく。

「あいつは何をしろって?」
「食事当番を一回代われと申しておった。拙者の作った豚角煮が食べたいのだそうだ」
「お、それいいな」

 次元もルパンもそれなりに料理はするが、手間のかかる家庭料理を作らせたら五右ェ門が一番上手い。

「本当にそんなことでよいのか? 食事当番に膝枕? 先日の代償としてはあまりにも…」
「あまりにショボイってか? あのなぁ五右ェ門」

 当惑する侍に、次元は苦笑しながら身を起こす。

「言ったろう。あれはお前のせいじゃないんだって。ルパンの野郎がちゃんと伝えてなかったんだ。当然だろう?」
「だが…だがそうはならなかったかもしれない。もしかしたら拙者のせいで誰かが怪我を負っていたかもしれない」
「気にするな。俺もお前もルパンも無事で、お宝だって手に入った。何も問題はない」

 なおも言い募る五右ェ門に、次元はぴしゃりと言い放つ。

「"かも"とか"もしも"ってのはこの仕事にはご法度だぜ? 俺たちの出来ることは、その場を首尾よく切り抜けることだけだ」

 にやっと笑って、次元は五右ェ門をソファの隅に押しやる。

「はいはい、んじゃそういうことで」
「…今、するのか?」
「思い立ったが吉日って言うだろ」

 ちょっと困惑顔の五右ェ門。膝枕の件もそうだが、言いくるめられたのも面白くはないのだろう。 だが次元は気にする風でもなく、さっさと五右ェ門の膝の上に頭を乗せてしまった。
 よく知った体重が、腿にかかる。
 人の顔をこの角度で見下ろすことなど滅多にない。それが、男の顔ならなおさらだ。
 東洋人にしては彫りの深い顔立ち。癖の強い黒い髪。鋭さを秘めた黒い瞳にスッと伸びた鼻。少し厚めの唇。よく手入れされた顎鬚。
 思わずまじまじと見つめていて、目が合ったところで慌てて顔をそらした。

「俺の顔になんかついてたか?」
「いや、そうではないが…」

 思わず見惚れた、なんて、口が裂けてもいえない。 そっぽを向いたままの五右ェ門に、次元は少し苦笑した。

「それにしても…こんなことで気持ちいいのか?」
「最高だな」

 ニヤニヤと唇を歪めている次元にそう問うと、即答されてしまった。

「……下らぬ」

 聞かねばよかった、と思いながら、小さくため息をつく。 女の柔らかい足ならばいざ知らず、お世辞にも肉付きのいいとは言えない自分の膝枕などで気持ちのいいはずもないだろう。 細身の身体は、自分でも密かにコンプレックスに感じていることだ。 そうは思うのだが、自分を見上げてくる次元は実に嬉しそうで。
 次元が脱いでテーブルに置いていた帽子を、その顔の上に乗せる。

「おい、何する!!」
「…あまりジロジロ見るな。目のやり場に困る」

 帽子の下の次元には見れなかったが、五右ェ門は赤い顔でそんなことを呟く。

「何だ。んな照れることねぇじゃねぇか」
「て…照れてなどおらぬっ!!」

 その裏返った声が何よりの証拠なのだが、つくづく隠し事の下手な男だ。 帽子の下で次元はまた笑った。

「それから、変なことをしたらもう二度としてやらぬからな」
「変なことって…おまえなぁ…」

 お前の中で俺はどういう位置づけなんだ? 思わずそう零した次元。 ただ、視界の隅に入る胸元に、ちょっとばかり下心が疼きかけたのも事実なのだが、先に釘をさされたのではしょうがない。
 まぁ、これでもいいか。 こんなことでもなければ、膝枕など滅多にしてなどもらえないのだから。

「…次元?」

 やがて、すやすやと寝息が聞こえ始めて、五右ェ門はそっとその帽子を外した。 その下からは、穏やかな寝顔が現れる。

「全くよく寝る。それに、無防備にも程があるぞ」

 その幸せそうな顔を見ていたら、五右ェ門にも笑みがこぼれた。

「…おぬしは優しい男だな」

 大雑把に見えて、繊細な心遣いのできる男だ。だからこそ、ルパンのような男の相棒を長くやっていられるのだろうが。 先日のことをずっと気に病んでいた自分を、次元は次元なりに気遣ってくれていたのだろう。

「いらぬ気遣いをさせたわびだ」

 ゆっくりと顔を落とすと、その煙草の香りのする唇に、己の唇を重ねた。

「ん〜…」

 少し身じろいだ次元だったが、起きる気配はない。よほど寝心地がいいのだろう。

 今度の食事当番には、角煮のほかに、次元の好物も作ってやろうか。 そんなことを考えながら、五右ェ門はすっかり冷めてしまった茶に手を伸ばした。

Fin.

【あとがき】
3500hitキリリクにてぷっちょ様より、『このうえなく甘い次五』というリクエストをいただきまして、チャレンジさせてただきました。
甘いといえば、膝枕よね〜! と、意気込んでは見たものの、拙宅のゴエ様は非常にツンデレでして(汗)
というか、とにかく甘え下手でシャイな堅物天然侍なので、"このうえなく"がどこまで表現できているやら…←いや、出来てない…
寝てる次元にちゅーさせるのが、精一杯でした…
ちなみに実を言えば、ちゅーしたときに次元さんは起きてますが、そこで声でもかけようものなら、膝の上から叩き落されるのは目に見えているので、我慢してます。 でも内心ドッキドキです。五右ェ門が自分からちゅーしてくれたよ!! みたいな(笑)
ぷっちょ様、せっかくリクエストいただいたのに、このようなもので申し訳ありません(つд`;)少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これに懲りず、また遊びに来てくださいね!
3500hit&リクエスト、ありがとうございました!!

'10/08/31 秋月 拝

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