PALL MALL

「帰ったぞ」

 ルパンから指示されていた仕込みを終え夕方アジトに帰ると、人気のないひんやりとした空気だけが五右ェ門を迎えた。

「…まだ誰も帰っておらぬのか」

 ちょっと拍子抜けしたように呟き、リビングのソファに腰を降ろす。
 ルパンも次元もいつ帰るか分からないから、先に夕飯にしてしまおうか。
そうは思ったものの、壁の時計を見やれば夕飯にするにはまだ微妙に早い時間で。
 自室で刀の手入れでもしようかと腰を浮かしかけた時、ふと傍らのテーブルにあるものが目に入った。

 見慣れた赤い箱と、そしてライター。

PALL MALLと洒落たロゴの入ったそれは、次元の愛煙する煙草。
ストックのつもりなのか、アジトの色々なところに無造作に置かれているのだ。
 ふと。悪戯心が湧いてその赤い箱に手を伸ばした。
 五右ェ門だって煙草は吸わないことも無いがもっぱら煙管煙草。紙巻煙草は吸ったこともないからとりあえず見よう見真似だ。

箱を開けて1本取り出し、咥えてみる。
それだけで、嗅ぎなれた香りが漂った。
息を吸いながら、火を点ける。

そして。

「げほげほっ!!なんだこれは」

 目に涙を溜めて咳き込む五右ェ門。急激に煙を吸い込みすぎたらしい。

「む…」

 今度は慎重に。フィルターを咥えて煙を吸う。
 普段自分が次元の隣で嗅ぐのとは、また少し違った香りが満ちる。
部屋に煙草の煙が満ちるだけで、自分しか居ないはずなのに何故だか傍に次元が居るような気がししまう。
そんなことを思って、煙草を咥えたまま、五右ェ門は小さく苦笑した。

「…人の煙草勝手に吸うなんざ、行儀が悪ぃぞ」

 不意に人の声がして、五右ェ門は顔を上げた。
人の帰って来た気配など無かったのに、いつの間にか部屋の入り口には見慣れた黒いスーツの男が立っていた。

「…行儀が悪いのはおぬしだ。帰ったぞくらい言えぬのか」
「お前が気付かなかっただけだろ?」

 次元はスタスタと五右ェ門に歩み寄ると、断りも無く隣に座る。

「こいつはお前さんにゃはえぇよ」

 ひょいと五右ェ門の咥えた煙草を取り上げると、自分が咥えてしまった。

「俺がいなくて寂しかったのか?」

 次元はにやりと笑って帽子の下から五右ェ門を見上げた。
スッと手を伸ばすと五右ェ門の顎に手をかけ、そしてそのまま鼻先が触れ合うくらいのところまで近寄ってくる。

と。

 何を思ったのか。五右ェ門はするりとその手を解くと、傍らにあった刀を鞘ごと次元の首筋に突きつけた。

「ご…五右ェ門?」

「…何のつもりだ?…ルパン」

 冷たい言葉に、剣呑な目が光る。
一瞬、殺気に満ちた空気が2人の間をよぎる。

「…あれま〜、ば〜れちゃった?」

 先に身をかわしたのは次元…いや、ルパンのほうだった。
ひょいと帽子を脱ぎ変装用の人工皮膚を剥がせば、そこに居るのは間違いなくルパンで。

「ちぇ、つまんねぇの。なんで俺だってわかった?」

 咥えていた煙草を灰皿に押し付け、面白くなさそうにルパンが訊く。

「自信あったんだけどな〜この変装」
「変装は完璧だったがな」

 確かに見た目は完全に次元で、最初は五右ェ門も次元が帰って来たのだと思っていた。

「変装はってことは、なんかダメだった?声?動き?」
「いや、匂いが…」
「匂い〜?」
「おぬしがあそこまで近寄らなければわからなんだ。スーツに染み込んだ煙草の匂いが、次元のものと違ったのだ」

 咥えた煙草に掻き消されそうな微かな香りだったが、それはいつもルパンが纏った香りだった。

「…お前は犬かっての。しっかし、俺様としたことがドジったなぁ〜」

 心底悔しそうにため息をつき、ルパンは内ポケットからとりだした自分の煙草に火をつけた。
また、さっきまでとは違う香りが部屋を満たしていく。

「だがルパン。おぬし次元などに変装してどうするつもりだったのだ」
「ん〜?いやぁ、お前が最愛の旦那様を見分けられれるかどうか試してみ……」

 ひょうきんな声色でそう言い掛けたルパンの言葉は、しかし、最後までは告げられなかった。
今度は鞘ごとでなく、抜き身の斬鉄剣がぴったりと首筋に当てられたのである。

「じょ…じょーだんよ、五右ェ門ちゃん、そんなムキになっちゃって」

 これにはさすがのルパンも冷や汗を流しつつ、両手を挙げるしかない。
 そんなルパンを剣呑な瞳を隠すことも無くルパンを睨みつける五右ェ門。

「今度やったら、斬る。言っておくが冗談のつもりはないぞ」
「…お前らなにやってんだ?」

 唐突に、また部屋の入り口に男が立った。
黒いスーツと帽子に、咥え煙草。今度こそ本物の、次元大介。

「じげーん!助けて〜五右ェ門がキレた〜!!」
「…お前がまた怒られるようなことしたんだろ…てかなんでお前黒スーツよ」

 呆れたように言う次元。自分と同じ格好をしたルパンに怪訝な目を向ける。

「え?いや、お前のカッコして五右ェ門に迫ったら、どうなるかな〜とかおも…」

 しかし、ルパンの台詞はまた最後までは続かなかった。
ゴツッと乱暴にその額に当てられたのは、次元の相棒コンバットマグナム。

「ちょ…じげんちゃ…そんな怒んなくても…」
「お前、なんかされたのか…?」

 ゴゴゴゴゴゴゴと効果音さえ聞こえてきそうな怒りオーラを発する次元は、地を這うような声で五右ェ門に問う。

「ルパンめ、拙者に接吻しようとしたぞ」

 ルパンにかつがれた報復のつもりか。五右ェ門のしれっとした言葉。
「未遂だがな」というそのあとの五右ェ門の台詞は、もちろん頭に血の上った次元には届いていない。
 カチリと撃鉄を起こす次元に、ルパンは口元を引きつらせた。

「ちょっ…五右ェ門、そりゃないぜ!俺あのとき煙草咥えてたし、てか元々そんなつもりじゃねーってのっ!!
元はといえば、次元の煙草咥えてお前が寂しそうな顔してっから、からかってやろうと…
いや!次元!五右ェ門!待て待て待てってば!!!わぁーっ!!」







1時間後。

「なぁにこれ。戦争でもあったの?」

 仕事と言われ、ルパンに呼ばれてやってきた不二子がアジトに顔を出すと、そこは銃撃と斬撃でボロボロになった部屋と、
そこで疲れ果てて座り込む3人の男の姿があった。

「いやぁ、ちょっと喧嘩しちまってよ」

 痣だらけの顔で、にひひひと笑うルパン。
 後の2人も大差ないボロボロ具合だ。

「呆れた。これだから男ってのは…」

 仕事の話どころではない惨状に、不二子は大きくため息をついたのだった。

Fin.

【あとがき】
というわけで、キリリクいただきました『次元の煙草を吸うゴエ』でした。
えーっと、いろいろと言い訳させてくださいf(^_^;)ホントはこんな話になる予定じゃなかったんですよー!!
次元の煙草を吸うゴエをもっとしっとりメランコリックに書きたかったんですが、どーしたことかルパンが勝手に登場し、どーしたことか大喧嘩を始めてしまったんです…
しかも、思ってた方向に進まなくなったもので、書いてる本人にさえどうやって落ちるのかわからないという、本当に綱渡り的な感じになってしまいました。しかも長いし。
これが、キャラが動きだすってやつなんでしょうか…?←いや単に筆力不足www
にしてもルパンの扱いがひどいと自分でも思います(汗)ルパン、ゴメン…口は災いの元だよ(´д`;)
そしてリクエストいただきました、あねむさま!本当にすみません!
シチュエーションはおまかせします、という優しいお言葉にやりすぎてしまいました(汗)
こんなの頼んだ覚えはねーよ!(怒)とか思われましたらいつでも仰ってください。きっちり直させていただきますので(´△`;)
300hit&リクエスト、ありがとうございました!!これに懲りずにまたいらしていただければ幸いです〜

'10.05.05 秋月 拝

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