君の名を呼ぶ

「でやぁあああ!!」

 腹の底から気合を吐き出し、刀を振る。
白刃一閃。大人が3人がかりでも抱えられないような大木が、一瞬にして薙ぎ倒された。

「やっぱいつ見てもすげぇな」

 傍でその剣技を見ていた次元が、ピュウと口笛を吹いた。
 チンッと刀を鞘に納め、五右ェ門はそんな次元をちらりと一瞥する。

「…見世物ではござらぬ。そこに居られると気が散る」

「チッ。褒めてやったのに冷てえやつ」

 次元は咥えていた煙草を踏み消し、くるりと踵を返す。

「先帰るわ。夕飯までには帰って来いよ」

 背中越しにそう言い置き、次元はアジトの方へと戻っていった。
 その背中が見えなくなるまで見送ってから。
五右ェ門は小さくため息をつき、切り倒した切り株に座り込んだ。
 どうも最近あの男と一緒に居ると調子が狂う。

「…乱れておる」

 自分が切り倒した木の切り口を見る。
 常人にはわからないが、どうやら五右ェ門的には全く気に入らないらしい。

「修行が足らぬ…」

 ひとりごち、小さく嘆息した。
 理由はわかっている。この心の乱れの原因は。

「次元…」

 その名を呼ぶだけで、また、心がざわめく。
そのざわめきを抑えるように、ぐっと刀を握る手に力を込めた。

 もういつの頃からかもわからない。
その名を呼ぶ度に、その姿を見る度に、心がざわめくようになったのか。
 理由すらもよく分からない。

ただ。

「あやつは…」

優しいのだ。
今だってあれだけ冷たく追い返したというのに。

『夕飯までには帰って来いよ』

 そんな風に他人と接した事のない五右ェ門には、わからないことだらけだ。
だから、自分と違う次元に、ひどく惹かれる。この心が。

 次元に否があるわけではない。
悪いのは、全て自分。仲間相手にこんな感情を抱いてしまう自分自身。

「修行が足らぬ…」

 もう何度目かの台詞を繰り返す。
未熟な己の心に言い聞かせるように。

それでも。

「次元…」

 気を緩めれば口を衝いて出るその名前を。
その名前を呼ぶ度に溢れ出そうになるこの感情を。
キレイに収めて忘れてしまうには、まだまだ時間がかかりそうだ。

「修行に…出るか」

 しばらく、距離を置いたほうがいい。

「すまぬな、次元。夕飯には戻らぬぞ」

 吹っ切ったように微笑んだ五右ェ門の髪を、少し冷たい風が揺らしていった。

 夜が訪れようとしていた。

Fin.

【あとがき】
ちょっと短めでしたが、『次元←ゴエの片思い』ということでキリリク書かせていただきました。
ウチの基本設定では次元→ゴエって方向だったので、リク頂かなければ書かなかったネタかも。切ない感じ…出てればいいんですがf(^_^;)
リクエストしてくださったくま様、ありがとうございました!こんなんで大丈夫でしたでしょうか??
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

'10.04.22 秋月 拝

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